【自作小説】雪の華

自作小説

「さみー」

冬のある日。

大学の授業が終わり、高丘錬は一人暮らしのアパートへと帰っていた。

コートのポケットに手を突っ込み、首には黒のマフラーを巻いている。

現在歩いている道の左手には公園が広がっている。

そんなに広くもなく遊具の数も少ない。

この寒さからか、遊んでいる子供はいないようだ。

至って普通の公園なのだが、錬はふと何気なく視線を向けた。

そしてそこに広がる光景に驚いていた。

広場の中央に位置する場所に、高さ二メートル弱くらいの雪だるまがあったのだ。

(今年はまだ雪が降っていない。なのにどうして……)

とその時。

「!!」

錬の雪だるまに対する分析は、目の前で起こった驚くべき光景によって遮られた。

その光景に擬音をつけるなら、「もふぁっさ、もふぁっさ」と言う表現が似合うだろうか。

雪だるまは左右に大きく揺れており、その度に雪の塊が飛び散って行く。

それからしばらく揺れて幾分小さくなった雪だるまは、突然ピタッと停止した。

錬は未だに驚きに目を見開いて、その光景を見ていた。

(勝手に動くなんてありえない。…………はっ! まさか、いじめられた子が雪だるまにされちまったのかっ!?)

目の前で起こったミステリーな光景に、錬は一人勝手にそう決め付け、子供を助けようと公園の敷地内へと足を踏み入れた。

「おい大丈夫か!? 今助けるからな」

命に関わる大変な事態かもしれず、錬は走って駆け寄り、手袋をした手で早速雪を崩しにかかった。

「ぬおおおおおっ!!」

気合いの雄叫びを上げながら、錬はだるまの頭を削り取って行く。

額にはふつふつと汗が浮かんでいく。

錬はペースを落とすことなく、むしろスピードを上げながら、ひたすらに手を動かしていく。

はたから見たら一体、どんな危険人物に見えていることだろうか。

ざくっざくっと雪だるまの頭を削って行き、そして……。

ごっ……。

そんなくぐもった音と共に、だるまの頭が本体から崩れ落ちた。

カマキリが鎌を振り上げて戦闘態勢になっている様を連想させるポーズのまま、錬は動きをぴたっと止めた。

下半身だけになった雪だるまを見て、身体から血の気がさぁーっと引いて行く。

(あ、頭が……ない……)

そんな言葉が脳内を駆け巡っていた。

不意にゾクッとした体の芯も凍えさせるような寒気が走り、運動によって生まれた汗は急速に冷えて氷のように感じられた。

カチカチと歯は音をたて、錬は思わず後退りして距離を取った。

(ひょっとして俺はヤバいことに関わってしまったのか? これは警察に言った方がいいのか? ……いや待て、でもさっき……)

心の中で自問自答した結果、雪だるまはさっき確実に動いていたと言う事実を思い出した。

そして一つの推測を導いた。

中にいるのは恐らく小学生の子供で、だるまを構成する下部、つまり胴体の方に埋まっているのだと考えた。

恐る恐る再び近づこうと一歩を踏み出した時、突然雪だるまが弾け、錬は咄嗟に目を瞑った。

頭に盛大に降りかかった雪を手で振り落としながら、ゆっくりと目を開けた。

「!!」

あまりの予想外の光景に、絶句した。

数メートル前方のちょうど目の高さ辺りの所に、ふよふよと浮かんでいる羽根を生やした女の子がいたのだ。

きらきらと輝くワンピースのようなものに身を包み、背中からは虹色に輝く羽が生えている。

腰にかかる位長い銀色の髪は羽ばたきに合わせて揺れ、整った顔は優しい笑顔を浮かべている。

その体は手にすっぽりと収まってしまいそうなほど小さい。

『助けてくれてありがとうございます』

「なっ……!」

突然、錬の頭の中に澄み切った声が響いた。

耳から入ってきたのではなくて、脳に直接語りかけてくると言った感じの不思議な声。

『聞こえてます?』

「あぁ……」

驚きながらも、錬は何とか返事をする。

『良かったですっ。あっ、申し遅れました。私はミリィって言います。雪の精です』

「雪の精?」

『はい。私は人間の世界に雪を降らせる為に、神様に生み出された精霊なんです』

「……」

目の前でふよふよと浮かんでいる女の子は精霊。

まさか自分がおとぎ話のような事態に遭遇するとは錬は思ってもいなかった。

それ以前に精霊などと言った存在を信じてさえいなかった。

『驚いていらっしゃいますね』

「当たり前だろ! こんなあり得ない出来事。そうか、きっとこれは夢……」

手袋を外し自分の頬を思いっきりつねってみた。

(痛ぇ)

はっきりとした痛みを錬は感じた。と言うことはこれは現実。

心の内を読んだのか、ミリィが語りかけてきた。

『認めて下さいましたか?』

「うーん、いまいちまだ信じられないな」

『すぐに信じろというのも無理な話ですね。では証明させてあげます。えい!』

可愛い気合いと共に、腕を前に突き出した。

すると小さな手のひらが淡い光を帯び始め、明るさが増して来た時、光に呼応して錬の頭上に大きな雪の塊が現れた。

それはそのまま頭に落ち……。

「がふっ!」

突然空から降ってきた脳を激しく揺らす衝撃に、錬は地面に倒れた。

くらくらする頭を押さえながらゆっくりと立ち上がり、ミリィを鋭く睨んだ。

『すすっ、すみません! 力の出し具合を間違ってしまいました。やっぱり私はおちこぼれですね……』

「まぁそんなに落ち込むな。ミリィの正体に関しては一応分かったが、さっき何で雪だるまになってたんだ? 『助けてくれてありがとうございます』って言ったってことは、誰かに雪だるまにされたってことか?」

『その通りです。あんな姿になってしまっていたのには理由があるんです。実は私、落ちこぼれでして……』

ミリィは頭を垂れ、肩をがっくりと落としてしまっている。

どうやら結構辛い事情なようだ。

「落ちこぼれって?」

『雪を降らせる力が私、弱いんです。だから仲間外れにされてしまっているんです』

「神様が産んでくれたのに力に偏りがあるのか。それが原因でいじめがあるなんて酷い話だな」

『神様は悪くないです。悪くないです……』

ミリィはうなだれてしまっていた。

精霊の事情は良く分からないが、錬は励まそう声をかけた。

「詳しいことは分からないけどさ、そんなに凹むなって。他の仲間はどこにいるんだ? もし良ければ仲直りしてくれるよう俺が頼んでやろうか?」

その言葉を聞いた瞬間ミリィは、はっとした表情で錬を見た。

『これは私の問題ですから私が自分で何とかします! なので大丈夫です』

両手を強く握りしめてそう言うミリィは、決意を秘めているように感じられた。

『助けようと思って下さる温かい気持ちだけで、頑張れる力をもらえました! ありがとうございます!』

「おう。なら良かった」

にこーっと笑みを浮かべ、錬はミリィを見た。

『色々助けて頂いたお礼に、何か願いを叶えさせて下さいませんか?』

「願い? っていうか雪を降らせる精霊じゃないのか?」

『確かにそうですが、力を応用すれば可能なのです!』

さっきとは打って変わって誇らしげな顔で、薄い胸を張っているミリィ。

本当に信じていいのかどうなのか、錬は迷っていた。

でも神様によって生み出されたのなら、可能なのだろうか。

「願いねぇ……」

『はい。何でも言ってください! 身長が欲しいとか、お金が欲しいとか、彼女が欲しいとか』

「俺そんなに可哀想な人間に見えるか?」

無邪気に語るミリィのその言葉の一つ一つが、錬の心に突き刺さっていた。

『わわっ、そんなことないですよ。まぁまぁ……カッコイイと思います!』

ぐさっ。

一際大きな矢が心を貫いた。

「まぁまぁ」って喜んでいいのか分からない微妙な所だし、なんで途中言い淀んだんだ? と錬は思う。

「……」

『元気出して下さい』

ミリィのせいなんだけど。

『自分に自信持って良いと思います!』

……今更遅い。

『うっ……』

突然聞こえたそんな音に、錬は視線を向けた。

するとミリィの瞳には、今にも泣きださんとばかりに涙が溜まっていた。

「ごめんごめん俺が悪かった」

上目遣いでミリィは錬を見て、ぐしぐしとその小さな手で目を擦った。

『私の方こそスミマセンでした。嘘偽りなく本音を言ったつもりが、機嫌を損ねさせてしまったようで本当にすみません』

ぺこりとミリィは頭を下げた。

どう反応したら良いものか、錬には分からなかった。

「俺も悪かったよ。願いごとなんだけどさ、今すぐ決めなくちゃ駄目か?」

『そうですねえ。明日の朝までに決めて下さいませんか?』

「わかった。……あのさ、ミリィは明日の朝までどうすんだ?」

『雪の精にはそれぞれ担当場所が決まっているので、その場所を確認します。そして明日の朝、その場所で雪を降らすんです』

雪を降らす。こんなにも小さな体で。そこで錬は一つ思い至った。

「降らせた後はどうするんだ」

錬の言葉を聞いたミリィは表情を暗くし、言いにくそうに言葉を発した。

『消えてしまいます。力をすべて使い切ってしまうので』

やっぱりか。と錬は思う。

「そんな大事な力を俺の為に使う必要なんてない。今は少しでも力を温存して、仕事を終えたら、ちゃんと元いた世界へ帰れ。消えちゃうなんて悲しいだろ?」

『……』

返ってくる言葉はなかった。

ミリィ達雪の精は神様によって生み出され、人間界に雪を降らせてそこで消えてしまう存在だというのは分かった。

だけど、自分の意思をはっきり持っており、大きさや姿さえ違えど人間と殆ど変わらない一つの命を、錬は見捨てることなど出来なかった。

そして、ある一つの願いを心に決めた。

「よし決まった! この願いは神様の意志に背いちゃうのかもしれないけど……」

『?』

疑問の色を浮かべているミリィに手招きをし、錬は囁いた。

願いの内容にミリィは驚愕していた。

「無理か?」

考え込んでいる様子で黙り込んでしまい、二人の間に静かな沈黙が訪れた。

『それがあなたの望むことなんですか?』

「そうだ。これが一番良い『願い』だと思うんだ」

『他になんでも良いんですよ! どんなことだって叶うんですよ! なのにどうしてこんな願いを……』

疑問や葛藤。

様々な感情がごちゃ混ぜになって、今ミリィの心は苦しんでいるということが錬にも伝わって来ていた。

「命は大事だと思うから。命に比べたら他の願いなんか馬鹿馬鹿しくなっちゃってさ」

分からない。

瞳から零れる涙が、ミリィの感情を表していた。

「だから、さっき言った俺の願いを叶えてくれ」

小さな小さな涙の粒は留まることなく溢れ、苦しそうな嗚咽は錬の耳にも届いていた。

ゆっくりと手を伸ばし、人差し指でミリィの小さな頭を優しく撫でる。

こんな小さな体であっても、嬉しさ、悲しさなどと言った感情は圧倒されてしまうほど大きく伝わって来る。

『っ……う……わかり、ました』

涙を拭った後の顔に浮かんでいたのは、強い決意の色。

『神様や仲間には申し訳ないですけど、あなたが望むことなら』

とびっきりの笑顔を錬に見せ、ミリィは目を閉じ意識を集中させ始めたようだ。

数瞬後、ミリィの身体を光が取り巻いて行き、完全に姿が光の中に隠れてしまい見えなくなった。

明るい輝きは徐々に強さを増して行き、突如音もなく弾けた。

目を開けるとミリィの姿は消えており、周囲に残っているのは助けた時に飛び散った雪だけだ。

「これで良かったよな。きっと……」

呟くように言った声は、冷えた空気に溶けて消えて行った。

そして、錬の心には無性に寂しさが込み上げ、それからしばらく、その場で立ち竦んでいたのだった。

 

翌日。

この日は朝から雪が降っていた。

今年に入って初めての雪だ。

町はうっすらと白く染まり、いつもと違った景色を見せていた。

そんな町中にある、錬が住む小さなアパート。

「高丘」と書かれた表札がかかっているドアの前に、腰にかかる位長い銀色の髪の少女が立っていた。

そしてその少女は、ドア横のチャイムを押したのだった。

 

 

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